日本の企業が海外にも目を向け、海外進出することも今では珍しいことではなくなりました。

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 しかし、企業が海外に進出する際、様々なリスクに直面し、困難な問題が生じることは少なくありません。

 その一つで、今ホットな問題として挙げられるのが「ファシリテーション・ペイメント」の問題です。

 この問題は、よく質問を受ける難しい問題です。

 ファシリテーション・ペイメント(Facilitation Payments)とは、行政サービスに係る手続きの円滑化等を目的とした手続きの円滑化のための少額の支払いのことをいいます。

 従来、ファシリテーション・ペイメントは、賄賂とは異なり違法ではないと考えられてきました。

 その理由の一つは、アジア諸国などで許認可を得る場面等において少額の金銭を求められることがあり、また場合によっては、公務員らに対して一定の金銭を支払うことを前提として社会構造が成立している場合があるなどの事実上の問題がありました。

 もう一つの理由としては、関係法令の解釈の問題がありました。

 その前提として少し歴史的な流れを確認します。

 アメリカでは、日本でも有名なロッキード事件が契機となり、1977年、外国公務員に対する商業目的での贈賄行為を違法とする「海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act)」が制定されました。

 さらにアメリカが国際社会に対しても同様に賄賂行為へ取り組むことを要請したこともあり、国際的にも、海外市場での商取引の機会の維持、獲得を図るためには公正な国際競争が必要であり、贈賄という腐敗行為を防止すべきという問題意識が高まりました。

 そこで、経済協力開発機構(OECD)において「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」が作られました。その第1条は次のとおり規定します。

第1条
  締約国は、ある者が故意に、国際商取引において商取引又は他の不当な利益を取得し又は維持するために、外国公務員に対し、当該外国公務員が公務の遂行に関して行動し又は行動を差し控えることを目的として、当該外国公務員又は第三者のために金銭上又はその他の不当な利益を直接に又は仲介者を通じて申し出、約束し又は供与することを、自国の法令の下で犯罪とするために必要な措置をとる。

 日本もこの条約を締結するにあたり、不正競争防止法を改正し(平成10年改正、平成11年2月施行)、外国公務員贈賄に対する刑事罰を導入しました。具体的には、違反者個人には5年以下の懲役又は500万円以下の罰金、法人に対しては3億円以下の罰金を科すことを内容とするものでした(同法18条、21条、22条)。

 その一方で、ファシリテーション・ペイメントについては明文での規定を設けませんでした。その理由は、「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」自体にも、ファシリテーション・ペイメントについて処罰を求める規定が存在しなかったことに加え、アメリカのFCPAにはファシリテーション・ペイメントを免責する規定があったからだと思われます。

 そのため、日本では、ファシリテーション・ペイメントは違法ではないと考えられるようになっていきました。また、経済産業省のガイドラインにおいてもそのように受け止められる記載がなされていました。

 しかし、OECDは「外国公務員贈賄執行強化に対する日本の取り組みへの声明」(2014年6月12日)において、

「日本の経済産業省が発行している外国公務員贈賄罪に関する企業向けガイドラインにある「ファシリテーション・ペイメント」に関する誤解を与える情報を修正していません。したがって、作業部会では、経済産業省が、「ファシリテーション・ペイメント」が日本の外国公務員贈賄罪の適用から除外されていないことをガイドラインにおいて遅滞なく明確化することを期待しています。 」

と述べていました。

 これを受けてかどうか分かりませんが、経済産業省は平成27年7月に「外国公務員贈賄防止指針」を改訂し、

「 Facilitation Payments等の扱いについて

  我が国の不正競争防止法においては、少額のFacilitationPaymentsに関する規定を置いておらず、少額の FacilitationPaymentsであるということを理由としては処罰を免れることはできない。少額のFacilitationPayments であるか否かにかかわらず、個別具体の事案において「国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために」との要件を満たす場合には、外国公務員贈賄 罪が成立し得る。」

と明記しました。

 これによって、ファシリテーション・ペイメントは賄賂と異なり違法でないと考えることができないことが明らかになりました。

 また、日本の不正競争防止法の要件に該当しなかったとしても、諸外国はファシリテーション・ペイメントについて厳罰化を進めており、諸外国の法令に違反し刑罰を科される危険も残っています。
 
 たとえば、前述したアメリカの海外腐敗行為防止法(PCPA)は、本来アメリカの国内法ですが、ファシリテーション・ペインメントの免責規定の適用を限定的に解釈する立場に立ちつつ、米国企業が関与している場合や、米ドルで金銭が支払われた場合など人的な関係や決済においてアメリカに関連すれば域外でも適用される事例が現れており、実際に日本企業数社が米国司法省によって摘発されています。

 現在、日本企業の多くは建前としては「ファシリテーション・ペイメントであっても支払ってはならない」と規定していることとが多いと思います。

 しかし、現地の社員としては、そのようなことに従っていては仕事が進まなくなってしまう恐れがあります。また、一定の範囲の利益供与は儀礼的なものとして許容される場合もあります(お祝い等)。そのような現地の立場を無視して、一方的に社内規定で禁止しているというだけでは問題の解決にはなりません。

 我々弁護士が海外に進出する企業をサポートすることは少なくありません。

 その場合、世界の法令や問題意識の変化を意識し、摘発事例や限界事例、裁判例などを調査することは当然です。

 それに加え、現地と本社の意思疎通を十分に図り、現地の意見を聞き、現地の事情を踏まえ、現実的で具体的な対応策を検討・準備し、周知していくことが重要になります。

 そのうえで、どのようにして現地のコンプライアンス体制を構築・維持し、日本から現地をチェックしていくのか、ということも現実に則して考えることが重要になると考えます。

 難しい問題ですが、今後とも、私も弁護士として、チャレンジする企業とともに二人三脚でこのような問題にも取り組んでいこうと思っています。