今年に入り、「恋ダンス」を踊ってみた動画を動画投稿サイトにアップしていたところ権利者から削除要請が入りアカウントが停止(いわゆる「(垢)BAN」)されたという報告が増えています。中にはアカウントを永久に停止(いわゆる「永BAN」)されたとの報告もあります

 このことは私が関わるアイドル法務(エンターテインメント法務)の中でもよく生じるホットな問題に関連しますので、少し考えてみます。

 「恋ダンス」というのは、昨年末にヒットしたTBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(通称「逃げ恥」)の主題歌である「恋」の振り付けをいいます。ドラマのエンディングで新垣結衣さんなどキャストが踊る「恋ダンス」が話題となりました。

 逃げ恥がヒットした理由の一つは、この「恋ダンス」が若者を中心に流行り、踊ってみた動画が動画投稿サイトに大量に投稿され、それらがSNSを介して大量に拡散していったことにあると言われています。

 SNSによって一旦バズれば(※)想像以上の大ヒットが生まれるという構図は、当初は想定外のハプニングとして生じていましたが、現在ではプロモーション戦略をたてる初期の段階からヒットの方程式として織り込まれることが少なくありません。

※「バズる」とは、インターネット上で爆発的に多くの人に取り上げられること、SNSなどで拡散・共有されることなどを意味します。

 本件とは関係のない一般論ですが、多数のフォロワーを抱える人に金銭を供与してツイートやリツイートしてもらうことや、業者に依頼して大量拡散を図ることも当然のことのように行われています。その結果、例えば、動画投稿サイトに彗星の如く突然現れた超実力派の謎の匿名シンガーがSNSで拡散され、数か月後に衝撃のメジャーデビューによって正体が明らかになる、といったことが季節の風物詩となっています。

 話を戻しますが、当初はドラマの共演者やTBS関係者・系列局のアナウンサーなどが踊ってみた動画を公開していましたが、次第にドラマやテレビ局に関係のない有名著名人も動画を公開しはじめ、ケネディ駐日大使が踊った大使館バージョンもyoutubeにアップされるなど一大ムーブメントに発展していきました。

 また、TBSの逃げ恥公式Twitterでも、「恋ダンス」を「踊って歌って拡散して」と呼びかけられていました。

 このように、有名著名人から市井の人々までが各自踊ってみた「恋ダンス」の動画を動画投稿サイトやTwitterにアップしそれが大量に拡散されたことが、逃げ恥がヒットした一つの要素になったことは否定できません。

 その集大成の一つが年末のNHK紅白歌合戦であり、星野源さんが歌う「恋」に、審査員として臨席し当初は踊らないと宣言していた新垣結衣さんが、最終的には手だけで数秒間ダンスをするシーンであったと言えます。この新垣さんの紅白での恋ダンスの様子も各種SNSで大量に拡散されました。

 そして新しい(2017年)を迎えました。

 ドラマ視聴者の中にはまだまだ「逃げ恥」の余韻に浸っている人もいました。

 しかし突然、権利者から削除要請が入り、アカウントがBANされる事態が頻発するようになりました。

 かつてアップした動画が突然削除されはじめたのです。

 TBSの逃げ恥公式Twitterでも、恋ダンスを「踊って歌って拡散して」と言っていたのに、なぜ・・・・。

 その理由は、権利者の意向でした。

 星野さんが所属するスピードスターレコーズは、

CDや配信で購入いただいた音源を使用し、ドラマエンディングと同様の90秒程度の“恋ダンス”動画をドラマ放送期間中にYouTubeに公開することに対し、弊社から動画削除の手続きをすることはございません。

http://www.jvcmusic.co.jp/-/Information/A023121.html?article=news132#news132

 としていました。

 つまり、当初から、動画公開は「ドラマ放送期間中」にのみ認めるというのが権利者の許諾条件でした。

 そのため、ドラマ終了後の今年になって、恋ダンスの動画に対して権利者から削除要請が入り、その結果単に動画が削除されるだけではなく、アカウントまでBANされるという事態が生じはじめました。

 権利者の意向は、動画の投稿を許諾するのはあくまでドラマ放送期間中に限るとしていたので、たとえ放送期間中に投稿された動画であっても、放送期間終了後は削除申請を行うということなのでしょう。

 権利が侵害される以上、削除要請を行うことは権利者として当然の権利行使であるといえます。

動画投稿者としては、ドラマ放送期間終了後には動画を自主的に削除すべきだったということでしょう。

 他方、動画投稿者としては、動画削除に加えアカウントまで半永久的に停止されてしまうと、これまで育ててきたアカウントは一種の財産ともいえるため、人によっては長期間育んできた財産を一瞬で失うことになってしまいます。

 もちろん、動画投稿者は権利者の権利を侵害している以上、アカウントを失ってしまったとしても文句をいえる立場にはありません。

 もっとも、前述のように、TBSからも動画投稿が推奨され、またプロモーションにも利用されてきた経緯に鑑みると、突然このような仕打ちにあったことに釈然としない思いを抱く人もいます。

 今後もこのように釈然としないと感じることが起きれば、踊ってみた勢の人々はプロモーション期間内だけに利用されるだけの存在にならないか疑心暗鬼となり、このようなムーブメントへの参加に拒絶反応を示すようになるおそれも否定できません。

 この問題は、今日、プロモーションを考えるうえで避けては通れない問題であり、エンターテインメントに関わる場合にはいつも頭を悩ませるものです。

 上述にように、現在では、SNSでの拡散・共有によりヒットにつなげるというのはヒットの方程式となっていますし、ヒットとまで言わなくても、たくさんの人に知ってもらいたいと考えると、一定の範囲で投稿・拡散を自由にしてもらうことが重要となっています。

 他方で、無制限に利用を許諾することも権利者としては難しいものです。

 私がアイドル法務やコンサルティングとして関わる中でも、このあたりの問題についてどのように制度設計をしていくか、事案に応じて検討するのが日々の課題となっています。

 私は弁護士として法的な観点からアドバイスをする存在でありますが、同時に動画配信の世界の住人でもあるので、そのあたりの歴史的経緯・肌感覚等も踏まえて意見するように心がけています。

 また、同じ構造ではないですが、インターネット動画配信におけるゲーム配信とゲーム会社との関係の歴史を紐解くことも参考になるのかもしれません。

 なお、全くの根拠のない個人的な推測に過ぎないのですが、本件ではTBSサイドは恋ダンスをSNSでバズらせるというヒットの方程式を織り込んでいなかったのではないかという気もしています。方程式を織り込んでいれば、スピードスターレコーズとも十分に協議のうえ、ドラマ放送前から効率よくプロモーションを仕掛けることができたような気がしないでもないですし、恋ダンス動画拡散を求める一方でドラマ終了直後から動画の削除申請が入りだすといった対応は生じにくいのではないかと感じるからです。その意味では業界的には珍しい自然発生的なバズだったのかもしれませんし、逆にそのあたりが力強く大きなうねりを生んだのかもしれません。